ぶらり歴史旅

歴史、文化、グルメに触れる教養チャレンジ!

仲多度郡

香川県仲多度郡の象頭山からの展望

仲多度郡は内陸の琴平町、まんのう町と瀬戸内海に面する多度津町で構成されます。琴平町は香川県のほぼ中央に位置し、金刀比羅宮の門前町として発展して讃岐一刀彫などの伝統工芸が生まれました。まんのう町には日本一の灌漑用ため池である満濃池があり、一級河川の土器川が貫流します。多度津町は丸亀平野の北西部にあり、湧泉部を中心にした沖積平野海岸部にあります。

概要

面積
227.31km2
人口
47,058人(2021年11月1日)
含む町村
琴平町、多度津町、まんのう町
地図

歴史

水不足に悩まされる地域のため、満濃池が造営されました。満濃池は何度も決壊を繰り返したため、弘法大師空海が当時の最新技術を駆使して修築し、日本最大の灌漑用ため池となりました。江戸時代に金毘羅参詣が庶民の信仰を集め、金毘羅宮の門前町として発展しました。

旧石器時代、縄文時代、弥生時代

縄文時代以前の遺跡は少ないですが、西白方瓦谷遺跡から縄文時代晩期の土器が出土しています。弥生時代には微高地に庄八尺遺跡や笠屋遺跡などに集落が形成されました。

古墳時代、飛鳥時代

琴平山山麓には3世紀後半の野田院古墳などの有岡古墳群が築造され、4世紀末には弘田川河口域の丘陵に御産盥山古墳などが造営されました。古墳時代前期から中期にかけての古墳はあまり見られませんが、後期になると多度津山南麓に多くの円墳が造られるようになりました。

香川県仲多度郡の盛土山古墳

盛土山古墳

5世紀末に築造された推定される二重の周溝を持つ円墳です。墳頂から組合式の箱式石棺が見つかり銅鏡や勾玉などが出土しました。

奈良時代、平安時代

律令体制下において讃岐国多度郡に属し、多度郡の郡司として佐伯直氏が入りました。大宝元年(701年)から築造が始められた満濃池は何度も決壊を繰り返したため、弘法大師空海が当時の最新技術のアーチ型堤防を取り入れて修築し、日本最大の灌漑用ため池となりました。大宝3年(703年)に弘安寺が創建し、天平2年(730年)に天川神社が創建しています。

香川県仲多度郡の満濃池

満濃池

大宝4年(704年)に讃岐守道守朝臣が築造した灌漑用ため池で、弘仁12年(821年)に弘法大師空海が築池使別当として改修しました。

香川県仲多度郡の道隆寺

道隆寺

和銅5年(712年)に領主の和気道隆が、誤って射殺した乳母の供養のために薬師如来像を彫り堂を立てたのが始まりと言われます。四国霊場77番札所でもあります。

香川県仲多度郡の中寺廃寺跡

中寺廃寺跡

大川山の西尾根の山奥に位置する平安時代の古代山林寺院跡です。仏堂跡や塔跡などの仏ゾーン、割拝殿跡などの祈りゾーン、石組遺構が分布する願いゾーンに分けられます。

鎌倉時代、南北朝時代

讃岐国の守護に佐々木氏が任命されました。

室町時代、安土桃山時代

細川京兆家の領地となり、香川氏が守護代として多度津城(天霧城)を拠点としました。15世紀末から16世紀初頭に細川京兆家が内部抗争で衰退すると香川氏が勢力を大きく伸張させました。堀江津の港湾機能は多度津城に隣接する位置に移転され、多度郡の主要な港として扱われました。16世紀後半には阿波三好義賢や土佐の長宗我部元親の勢力拡大により、三好氏や長宗我部氏の支配下に置かれましたが、天正10年(1582年)の四国征伐により讃岐国は仙石秀久に与えられました。仙石秀久が九州征伐の失態で改易されると、天正15年(1587年)に生駒親正が入部しました。

江戸時代

寛永17年(1640年)に生駒騒動で生駒氏が改易されて山崎家治が丸亀藩を立藩しました。山崎氏が無嫡嗣により断絶すると、万治元年(1658年)に京極高知が入部しました。元禄2年(1697年)に京極高通が分離独立し、支藩多度津藩が成立しました。多度津藩の藩財政は不安定で、寛延3年(1750年)に百姓一揆が起こりました。

金刀比羅宮参詣

金刀比羅宮は伊勢参りと並ぶ庶民の憧れの地となり、多くの庶民の信仰を集めました。遠方の参拝できない人は、飼い犬に代参させるこんぴら狗の風習が生まれました。門前町として賑わいを見せると、天保6年(1835年)に金毘羅大芝居が建てられ、安政6年(1859年)には高燈籠が完成しました。門前町では参詣者のためにうどんが販売されたため、うどん発祥の地のひとつとされています。

香川県仲多度郡の象頭山

象頭山

大麻山と隣接する象頭山をあわせて象頭山と称しています。象頭山はかつて海に囲まれる島で、象頭山の中腹に海の神を祀る金刀比羅宮が創建しました。

香川県仲多度郡の金刀比羅宮

金刀比羅宮

大物主神と崇徳天皇を主祭神とする神社で、農業・殖産・医薬・海上守護の神として信仰を集めています。明治元年(1868年)の仏混淆が廃止されて金毘羅宮と改称されました。

香川県仲多度郡の金丸座

金丸座

天保6年(1835年)に建造された日本最古の現存する芝居小屋です。金毘羅信仰が全国的に広まり門前町の形態が整うと、開札場を兼ねた常小屋として機能しました。

明治時代、大正時代、昭和時代

明治4年(1871年)の廃藩置県で丸亀県と多度津県が設置されますが、丸亀県が吸収しました。明治6年(1873年)に愛媛県に編入されたあと、明治21年(1888年)に香川県が設置されました。明治22年(1889年)に四国最初の鉄道である讃岐鉄道が開通しました。昭和22年(1947年)に宗道臣が多度津町で少林寺拳法を創始し、世界中から門下生が訪れる拳法の聖地となりました。