ぶらり歴史旅

歴史、文化、グルメに触れる教養チャレンジ!

御坊市

和歌山県御坊市の北吉田蓮の郷

御坊市は和歌山県中央部に位置し、山に囲まれて海に面しています。市域を流れる日高川は日本一長い二級河川として知られています。黒潮による温暖な気候で海産物が豊富で、全国屈指の出荷量を誇るスターチスを始めとする花卉栽培が盛んな地域になりました。

概要

面積
43.91km2
人口
23,013人(2022年2月1日)
市の木
クロガネモチ
市の花
コギク
市の花木
ハマボウ
地図

特集

和歌山県田辺市の紀伊山地

紀伊山地の霊場と参詣道

紀伊山地は自然信仰の対象として金峯山、高野山、熊野三山の山岳霊場が生まれました。それぞれの霊場は参詣道で結ばれ、日本の宗教文化の発展に影響を与えました。

詳しくみる

歴史

室町幕府の奉公衆として活躍した湯川氏は、摂津国の戦いで苦戦に陥り山科本願寺の証如の援助で帰還することができました。湯川氏は恩に報いるため吉原御坊を建立し、御坊市の名称の由来となりました。日高廻船が大阪や江戸、北陸地方まで交易を行い繁栄しました。

旧石器時代、縄文時代、弥生時代

日高川より南の海岸段丘に位置する壁川崎遺跡からナイフ形石器などが出土しています。縄文時代後期から人が定住を始め、小松原2遺跡から土器が出土しています。弥生時代になると平野部に遺跡が集中し、三重の環濠を巡らせた堅田遺跡から日本最古の青銅器鋳型が発掘されました。

古墳時代、飛鳥時代

東郷遺跡では水路の掘削など大規模な開発が行われ、日高平野における中心的な集落を形成していました。日高平野北側の丘陵地や日高川より南の海岸沿いで多くの古墳が築かれ、尾ノ崎遺跡では18基の方形周溝墓が築かれ、古墳時代後期には天田古墳群などが築造されました。

和歌山県御坊市の岩内古墳群(3号墳)

岩内古墳群(3号墳)

古墳時代中期前半に築かれた円墳で、幅5メートルの周濠が確認されています。鏡や玉類のほかに多くの武器などの遺物が多数見つかりました。

和歌山県御坊市の岩内古墳群(1号墳)

岩内古墳群(1号墳)

7世紀中期以降の古墳時代終末期に築造された方墳です。築造時期や銀装大刀などの遺物から中大兄皇子の陰謀で処刑された有間皇子の墓とする説が有力視されています。

奈良時代、平安時代

文地天皇の妃で聖武天皇の生母となる藤原宮子が生まれた場所とされ、道成寺建立につながる宮子姫物語が残されています。沿岸部で盛んにつくられた塩は平城京に貢納されました。平安時代になると朝廷や貴族が盛んに熊野詣を行うようになり、紀伊路がそのルートとなりました。

鎌倉時代、南北朝時代

正平3年(1348年)頃に湯川光春が亀山城を築城しました。湯川氏は室町幕府の奉公衆として活躍し、有田から牟婁地方まで勢力を拡大しました。

室町時代、安土桃山時代

享禄元年(1528年)頃に湯川直光は細川氏に味方して摂津国に出陣しますが、戦いに苦戦して山科本願寺の証如に助けられて亀山城に帰還することができました。湯川直光は息子の湯川信春を仏門に帰依させて日高別院の前身となる吉原坊舎を建立しました。 天正13年(1585年)の羽柴秀吉の紀州攻めで湯川氏は滅亡しました。

和歌山県御坊市の亀山城跡

亀山城跡

県内最大規模を誇る中世山城で、湯川氏が居城としていました。平時の館と詰めの山城が一体化して築かれた戦国期に典型的に見られる根小屋式城郭と呼ばれる構造でした。

江戸時代

文禄4年(1595年)に浅野家重臣佐竹伊賀守の尽力により浄土真宗本願寺派の日高御坊が建立され、寺内町として発展して現在の御坊市の名称の由来となりました。元和5年(1619年)に徳川頼宣が和歌山藩初代藩主として入部しました。物資の集積地である大阪と江戸を結ぶ廻船業で発展し、日高廻船は酒や有田みかん、日高蝋などを江戸に送り、江戸から干鰯を積み帰りました。日高廻船は全盛期には北陸地方まで進出して繁栄しました。

明治時代、大正時代、昭和時代

明治4年(1871年)の廃藩置県で和歌山県が誕生しました。明治9年(1876年)に好浄寺住職湯川智城が漢学塾・後凋学舎を開設し、明治13年(1880年)に伊東専蔵を招いて漢学塾・魚水学舎が開設されました。大正2年(1913年)に操業を始めた日の出紡織は御坊市の産業革命の先駆けとなり、明治45年(1912年)に日の出紡績株式会社が設立されました。昭和6年(1931年)に伊勢屋の当主田淵榮次郎らにより紀州鉄道の前身となる御坊臨海鉄道が開業し、紀州鉄道は3キロにも満たない日本で最も短い鉄道として有名になりました。昭和29年(1954年)に御坊市が誕生しますが、度重なる水害復旧で財政状態が悪くなり、昭和41年(1966年)に財政再建が完了しました。

熊野参詣道(紀伊路)

紀伊路は鳥羽離宮から淀川を下り、河内国、和泉国を通り雄ノ山峠を越えて紀伊国に入ります。現在の和歌山市から日前宮、紀三井寺、長保寺、道成寺などの社寺、白鳥の関や吹上の浜などの景勝地を巡り田辺まで至ります。田辺からは山中を進む中辺路と海岸線を通る大辺路に分かれます。

和歌山県御坊市の仏井戸・上野王子旧地(熊野参詣道紀伊路)

仏井戸・上野王子旧地

上野王子の旧地につくられた仏井戸です。仏井戸は地下に方形石組遺構を組みがあり、階段を降りて正面と北側の壁面の石材に室町時代後期の石仏三体が彫られています。