南方曼陀羅の風景地

植物学者で民俗学者の南方熊楠は、明治政府が推し進めた神社合祀政策の反対運動を起こしました。南方熊楠は我が国特有の天然風景は我が国の曼荼羅と述べ、特有の天然風景は真言曼陀羅のように自然・人文の総体が持つ有機的な体系の重要な部分であることを指摘しました。南方熊楠が守り抜いた13カ所の天然風景は、平成27年(2015年)に南方曼陀羅の風景地として国の名勝に指定されました。
南方熊楠という天才
南方熊楠は環境保護運動の先駆的な役割を果たした植物学者・民俗学者です。幼い頃から卓越した記憶力と好奇心で神童と呼ばれていましたが、奇人かつ無類の大酒飲みでありトラブルが絶えませんでした。東京帝国大学予備門を中退し、明治20年(1887年)に渡米してアメリカやイギリスなどで粘菌類等の研究で功績を挙げました。彼の研究成果は科学雑誌ネイチャーに掲載された50本の論考を始めとする400篇近い英語論考や標本類、図譜として世に送り出されました。
神仏合祀反対運動
明治33年(1900年)に帰国した南方熊楠は、引き続き植物採集や研究、執筆活動を行いました。明治政府が神社合祀の政策を進めると、南方熊楠は生態系や地域社会を守る立場からこれに反発し、明治42年(1909年)から神仏合祀反対運動を行うようになりました。
南方曼陀羅の風景地
神仏合祀は王子などの氏神とその土地の生態系の破壊を意味しました。和歌山県では3713社のうち2913社が廃止される規模であり、南方熊楠は我が国特有の天然風景は我が国の曼荼羅と述べ、特有の天然風景は大日如来を中心とする真言曼陀羅のごとく自然・人文の総体が持つ有機的な体系の重要な部分であることを指摘しました。南方熊楠が神社合祀反対運動中に記した南方二書や神社合祀に関する意見で触れた13カ所は守られ、南方曼陀羅の風景地として国の名勝に指定されました。
神社の南方曼陀羅
紀伊山地は古くから霊場とされ、熊野三山を巡るため多くの参詣道が開かれました。参詣道には王子と呼ばれる熊野権現の分身を祀る神社などが設けられ、神社の神林はご神体の一部として開発されることなく生態系が維持されました。

鬪雞神社
允恭天皇8年(419年)に創建した神社です。源義経に仕えた武蔵坊弁慶の父と言われるる熊野別当・湛増が、源氏と平家のどちらに与するか闘鶏を行い神意を確認しました。

須佐神社
左会津川左岸の水田に囲まれた独立丘陵に鎮座する神社です。南方熊楠は神林のシイに寄生した大葉ヤドリギが紫褐色の花を咲かせたとして保護の対象と訴えました。

伊作田稲荷神社
稲成川東岸の砂岩・頁岩から成る丘陵の東斜面に鎮座している神社で、伊作田・糸田両村の産土神として崇敬を集めました。南方熊楠は森林鬱蒼たる大社と評価しています。

継桜王子
熊野参詣道中辺路沿いに位置する熊野九十九王子のひとつで、神林には野中の一方杉をはじめとする杉の巨木群のほか多くの大木が樹立しています。

高原熊野神社
熊野参詣道中辺路沿いの高原の村落に隣接する神社で、境内には巨大なクスノキをはじめ大木が叢生します。周辺の村民が一丸となり反対したことで合祀が立ち消えとなりました。

八上神社
富田川の支流である岡川右岸の高畑山の東端裾部にあり、かつては八上王子と呼ばれる熊野九十九王子のひとつでした。神林にはスギ・イチイガシなどが群生しています。

田中神社
岡川左岸の水田地帯に位置する神林に囲まれた神社です。民俗学者の柳田國男は日本特有の風景として、南方熊楠は熊野三景の一つとして評価しました。

南方曼陀羅の風景地(金刀比羅神社)
南白浜海岸の北端にある神社で、海運や漁業で栄えた村人が金毘羅大権現を勧請して創建しました。五色ヶ浜の海岸の景観が良く、南方熊楠は熊野三景の一つに数えました。
山谷の南方曼陀羅
紀伊山地の急峻な断崖や渓谷は古くから霊地として崇敬を集めてきました。修験者たちは紀伊山地を霊場として修業し、巨岩を護摩壇として祭祀を行い、巨樹を御神木として祈りの対象としました。ごく一部の人しか立ち入ることのない山域は、温暖で多雨な気候の影響を受けて豊かな生態系が育まれました。

龍神山
龍神山の一帯は砂岩・礫岩を主体とする風化しにくい地質で、峡谷が峻厳な崖地を深く刻んでいます。龍神山山頂には闇龗の神祠があり、古くから祈りの場とされてきました。

奇絶峡
右会津川中流域に連続する峡谷で、峻厳な崖地から崩れ落ちた岩塊が河床に散乱しています。暖地性樹木が散在する複雑な構成の森林が広がり、亜熱帯性植物も叢生しています。
島嶼の南方曼陀羅
太平洋に面する紀伊半島の海岸は、島嶼が点在して美しい景観を生み出しています。白崎海岸は日本のエーゲ海と称され、雑賀崎は日本のアマルフィと呼ばれています。日本でも屈指の多雨地域で、冬は温暖で乾燥した晴天が続き平地ではほとんど雪を見ることがありません。温暖で多雨な気候は海浜や島嶼の植生に大きな影響を与えました。

神島
田辺湾の中央部に浮かぶ小島で、おやまとこやまの2つの峰からなります。海上鎮護の神を祀る神島神社が鎮座し、漁民は島の樹叢を魚付き林として大切にされてきました。

天神崎
田辺湾の北岸から南方の海上に突き出た岬で、豊かな海岸林が覆う海岸段丘の丘陵部、丸山と呼ぶ海岸部の小さな島、平明な海食台の岩礁部から成ります。

九龍島
古座川の河口付近の沖にある小さな島で、山頂部には海上安全・大漁を祈願して弁財天が祀られています。オオタニワタリの生息地として南方熊楠が保護を求めました。
