南の海で生まれた丹沢山地

神奈川県の北西部に位置する丹沢山地は、1500万年前に南の海で生まれた火山島でした。フィリピン海プレートの運動により本州と衝突し、100万年前に隆起して丹沢山地を形成していきました。神奈川県最高峰の蛭ヶ岳を主峰とし、無数に派生した尾根、急斜面、深い渓谷など複雑な地形を有しています。丹沢山地は丹沢大山国定公園に指定され、丹沢山は日本百名山に選定されています。
丹沢山地
神奈川県を代表する丹沢山地は、1000メートル級の山が連なる複雑な山塊を形成しています。首都圏からのアクセスが良く、ハイキングから縦走など多くの登山者が訪れます。丹沢山地の最高峰は蛭ヶ岳で、蛭ヶ岳と塔ノ岳に挟まれる丹沢山が日本百名山に選定されています。
丹沢山地の形成
フィリピン海プレートで生まれた火山島は、プレート運動で日本列島に衝突して伊豆半島を形成しました。その付け根にあたる地域は、およそ100万年前に衝突で地下の岩石が持ち上がり丹沢山地を形成しました。その証拠として流れ出した溶岩が冷え固まった枕状溶岩や、暖かい海に棲む貝やサンゴなどの化石が見つかります。衝突の隆起で生まれた複雑な地層や断層は、地震や土砂災害などの懸念を生じる懸念にもなります。

丹沢山地
地殻変動の影響で隆起・侵食作用を受け続けたことから断層・亀裂の発達や渓谷部の開析が進み、複雑かつ深い渓谷と急峻な斜面で構成された険しい地形を形成しています。
丹沢の自然と文化
丹沢山地は平地よりも雨が多く、大山は頂上に雲がかかるとやがて雨が降り出すことから雨降山と呼ばれるようになりました。丹沢山地に降る雨は、時間をかけて湧水として流れ出して渓谷を生み、豊かなブナ林を育てたほか人に自然の恵みを提供しました。天正勝宝7年(755年)に東大寺初代別当の良弁上人が大山山頂に大山寺を開基して鎌倉時代から修験道の修行場となり、丹沢山地の木材は小田原城や江戸城の築城に利用されたほか、丹沢の炭や薪は江戸の人びとの生活を支えました。
丹沢山と登山ブーム
深い笹薮に覆われていた丹沢山地は、昭和時代初期まで山仕事や一部の登山家しか訪れることがありませんでした。昭和5年(1930年)に横浜山岳会が雑誌に丹沢山塊の全貌を雑誌に寄稿し、昭和10年(1935年)に20の登山コースを紹介した案内書を刊行しました。昭和30年(1955年)に第10回国民体育大会(神奈川国体)の登山会場となることで登山道や山小屋の整備が進み、昭和40年(1965年)に国定公園に指定されたことで、都心から登山者や観光客が訪れるようになりました。

洒水の滝
鎌倉時代の名僧文覚上人が百日間も滝に打たれる荒行を積んだ地としても知られており、付近には文覚上人が安置したといわれる滝不動尊(穴不動)があります。

尊仏山荘
昭和14年(1939年)に塔ノ岳山頂に尊仏小屋が開設されますが、戦時中に倒壊、再建されるも荒廃し、昭和30年(1955年)に国体開催のため県が山荘を建設しました。
丹沢山と丹沢主脈の縦走
丹沢山地は名峰・塔ノ岳を中心に、南北を表丹沢と裏丹沢、東西を東丹沢と西丹沢に分けられています。丹沢主脈は表丹沢の塔ノ岳から日本百名山の丹沢山を経て、丹沢最高峰・蛭ヶ岳を抜けて西丹沢の檜洞丸へと丹沢を東西に連なります。丹沢は神奈川県の屋根と呼ばれ、
- 山行日
- 2005/04/16~2005/04/17
- 天 候
- 晴れ
- ルート
- 大倉(8:40)~大倉高原山の家(9:20)~見晴茶屋(9:30)~駒止茶屋(10:10)~堀山の家(10:30)~花立山荘(11:20)~金冷し(11:50)~塔ノ岳(12:10)、塔ノ岳(13:15)~丹沢山(14:30)~みやま山荘泊
丹沢山(6:00)~不動の峰(6:45)~棚沢の峰(6:55)~鬼ヶ岩(7:10)~蛭ヶ岳(7:40)~臼ヶ岳(9:10)~神ノ川乗越(9:40)~金山谷乗越(10:15)~檜洞丸(11:20)、檜洞丸(12:10)~展望地(13:05)~ゴーラ沢出合(13:30)~西丹沢自然教室(14:20) - 地 図
- 1/25000 秦野、大山、中川
- 同行者
- ひめ
- 標 高
- 塔ノ岳(1490.9m)、丹沢山(1567.1m)、蛭ヶ岳(1672.7m)、檜洞丸(1600m)

丹沢山
塔ノ岳と蛭ヶ岳の中間に位置する日本百名山に選定されている緩やかな山です。山頂付近はブナ林が広がり、西側から富士山と丹沢山地が眺望できます。

不動ノ峰
丹沢山から蛭ヶ岳までは不動の峰、棚沢の頭、鬼ヶ岩の頭などのピークが続きます。この稜線からは富士山を眺めることができ、鬼ヶ岩と蛭ヶ岳の間に鎖場があります。

蛭ヶ岳
丹沢最高峰で神奈川県の最高峰で、かつて薬師如来が祀られていたため薬師岳とも呼ばれます。広い山頂からは360度の展望があり、富士山を眺めることができます。

檜洞丸
西丹沢の主峰的な存在で独立峰的な山です。蛭ヶ岳から急坂と鎖場が連続し、鎖場を登り切ると臼ヶ岳に到着します。ここからブナ林が檜洞丸山頂まで続いています。
塔ノ岳と鍋割山
表丹沢は塔ノ岳、鍋割山、大山、三ノ塔で構成されており、急峻な地形のため深い渓谷や大小さまざまな滝が多くあります。大倉から塔ノ岳に至る大倉尾根は、急坂の登り一辺倒のいわゆるバカ尾根です。山域にはブナやモミの原生林があり、カモシカなどの大型野生動物が棲息するなど豊かな自然が残されています。
- 山行日
- 2006/03/24/2007/06/14
- 天 候
- 曇り/曇り
- ルート
- 大倉(09:30)~二俣(10:30)~後沢乗越(11:20)~鍋割山(12:20)、鍋割山(12:55)~塔ノ岳(13:55)~大倉(15:55)
二俣下のゲート(09:40)~栗ノ木洞(10:35)~後沢乗越(11:05)~鍋割山(12:05)~小丸(13:50)~大倉(16:20) - 地 図
- 山と高原地図「丹沢」
- 同行者
- 単独/Dさん、Kさん、Zさん
- 標 高
- 鍋割山(1272.5m)、塔ノ岳(1490.9m)、栗ノ木洞(908.3m)

塔ノ岳
表丹沢の主峰で関東百名山にも選定されています。いくつものルートが存在し、丹沢山塊の表玄関とも言える存在です。信仰の山で雨乞いの祈念が行われました。

鍋割山荘
鍋割山の山頂にある鍋割山荘は、ボリューム満点の鍋焼うどんが名物です。鍋割山荘の主人は100キロ歩荷で紹介されており、山荘内には写真などが展示されています。
丹沢大山
かつて大山は雨降山とも呼ばれ、霊山として関東地方で信仰されていました。江戸時代に大山までの街道が整備され、江戸から最も近い霊山として大山詣が人気を集めました。江戸では多くの大山講が結成され、江戸時代後期には年間20万人が参詣したと言われています。
- 山行日
- 2005/1/22/2008/03/01
- 天 候
- 晴れ/晴
- ルート
- 登山口(12:40)~富士見台(13:20)~山頂(13:50)、下山開始(14:40)~見晴台(15:30)~登山口(16:00)
登山口(10:00)~神社(10:50)~山頂(12:00)、山頂(12:40)~見晴台(14:05)~神社(14:30) - 地 図
- 山と高原地図「丹沢」
- 同行者
- ひめ/D氏、Z氏、I氏
- 標 高
- 大山(1251.7m)

大山寺
天正勝宝7年(755年)に良弁が大山を開山し、鎌倉時代から修験道の修行場として利用されました。江戸時代には阿夫利神社や大山寺に参詣する大山詣が大流行しました。

大山
丹沢山地の東端に位置する三角形の均整のとれた独立峰で、関東百名山に選定されています。山頂には大山阿夫利神社の本社があり、富士山や相模湾の展望が良いです。
大室山と加入道山
大室山は丹沢山地の北部に位置し、ブナの原生林に覆われて深山の雰囲気が漂います。八王子近郊や相模原北部から見ると富士山を隠してしまうため富士隠しとも呼ばれています。加入道山は鹿が多いため鹿入道が転じて名付けられました。大室山と加入道山は、西丹沢自然教室から周遊することができます。
- 山行日
- 2005/5/26
- 天 候
- 晴れ
- ルート
- 西丹沢自然教室(10:45)~用木沢出合(11:05)~犬越路(12:05)、犬越路(12:45)~大室山(13:55)~加入道山(14:40)~白石峠(14:55)~白石の滝(15:10)~用木沢出合(15:40)~西丹沢自然教室(16:00)
- 地 図
- 山と高原地図「丹沢」 1/25000地形図「中川」「大室山」
- 同行者
- 単独
- 標 高
- 大室山(1925.0m)、加入道山(1836m)

大室山
丹沢北部の神奈川県と山梨県の県境にある山です。山頂からの展望はありませんが、山頂までに続く道はブナを主体とした印象的な自然林が続きます。

加入道山
大室山から加入道山にかけてブナなどの深い原生林に覆われています。白石峠から用木沢出合まではガレた急坂で、途中にある白石滝は樹木に隠れて見えませんでした。
