ぶらり歴史旅

歴史、文化、グルメに触れる教養チャレンジ!

廿日市市

広島県廿日市市の厳島神社

廿日市市は広島県の西部に位置し、南は瀬戸内海から北は中国山地まで南北に広がります。山間部、沿岸部、島嶼部から構成され、沿岸部は瀬戸内海式気候に属して温暖ですが、山間部は豪雪地帯に指定されています。厳島神社は安芸の宮島として日本三景のひとつとなり、平成8年(1996年)に世界遺産にも登録されました。

概要

面積
489.48km2
人口
114,473人(2021年9月1日)
市の木
サクラ
市の花
サツキ
地図

歴史

旧石器時代から人の営みが残されています。厳島神社が創建して平清盛ら平家一門が篤く信仰したことで現在のような壮麗な社殿となりました。厳島は毛利氏が飛躍する戦いの舞台ともなりましたが、社殿などが修復されて門前町として発展し、日本三景や世界遺産に登録されました。

旧石器時代、縄文時代、弥生時代

旧石器時代から人が住んでいたとされ、冠山にある冠遺跡や頓原遺跡などから安山岩の石器が出土しています。縄文時代に瀬戸内海が形成すると地御前南町遺跡に海浜集落が形成し、交易で得た大分県姫島産の黒曜石を石器に使用しました。やがて丸小山遺跡などで稲作が行われるようになり、内海交通を見張る要塞のような役割として高地性集落の高尾山遺跡が形成しました。

古墳時代、飛鳥時代

5世紀には高砂古墳や下平良古墳のほか田中原古墳群が築造され、6世紀には佐方古墳、五庵山古墳、伴丈木古墳などが築造されました。律令時代に古代山陽道に種箆と濃唹の宿駅が置かれました。推古天皇元年(593年)に佐伯鞍職が厳島神社を創建したとされ、速谷神社は安芸国で最高の社格を誇る神社とされました。

奈良時代、平安時代

宮島では須屋浦遺跡や大川浦遺跡では製塩が行われ、最高峰の弥山は山岳修行の地となりました。平安時代後期に平清盛ら平家一門が厳島神社を深く信仰し、仁安3年(1168年)に社殿が廻廊で繋がれる現在のような壮麗な姿に造営されました。厳島神社西方の経尾経塚から経筒や経箱金具などが出土しています。

広島県廿日市市の弥山

弥山

厳島の最高峰・弥山は神の山として崇められ祭祀が行われていました。山頂付近では奈良時代から平安時代の仏具などが見つかり、山岳修行の地として扱われました。

広島県廿日市市の厳島神社

厳島神社

承元元年(1207年)と貞応2年(1223年)に火災に見舞われて藤原氏が神主として再興しました。平清盛ら平家一門から深く信仰されて現在の社殿となりました。

鎌倉時代、南北朝時代

文治元年(1185年)に壇ノ浦の戦いで三種の神器の一つ宝剣が失われると、厳島神社神主の佐伯景弘はその捜索を命じられました。貞応2年(1223年)に厳島神社が火災に見舞われると鎌倉幕府御家人の藤原親実が厳島神社神主となりました。藤原神主家は居城の桜尾城に城下町を整備し、厳島神社の復興を行いました。

室町時代、安土桃山時代

永正5年(1508年)に藤原興親が嫡子なく没すると、家中は分裂して争いとなりました。大永3年(1523年)に大内義興の被官・友田興藤が神主を称しましたが、天文10年(1541年)に大内義隆に滅ぼされました。大内義隆も家臣の陶晴賢の謀反により自害に追い込まれ、桜尾城は陶氏の支配下となりました。天文24年(1555年)に毛利元就が厳島の戦いで陶晴賢を滅ぼすと、毛利氏の重臣・桂元澄や四男・穂田元清らが桜尾城主を務めました。

江戸時代

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで毛利氏が転封されて福島氏が治めましたが、元和3年(1617年)に福島氏が改易されて浅野長晟が入り、佐伯郡は家老の上田宗箇に与えられました。広島藩は薪や炭類を輸送するため廿日市浦を改修し、西国街道や津和野街道の宿場町として整備しました。厳島神社の門前町でもあり歌舞伎や人形浄瑠璃などが上演され、東新町には遊郭が置かれました。慶応元年(1865年)の第二次長州戦争では佐伯郡内の各地が戦場となり甚大な被害がでました。

明治時代、大正時代、昭和時代

明治4年(1871年)の廃藩置県で広島藩は広島県になりました。藩知事の浅野長勲が東京への移住が命じられ、民衆は各地で武一騒動と呼ばれる一揆を起こしました。広島鎮台や呉鎮守府と呉海軍工廠が整備されると、明治30年(1897年)から宮島に室浜砲台や鷹ノ巣砲台が設けられました。アジア太平洋戦争では空襲を事前に察知するため防空監視所が設けられ、広島市に原爆が投下されると仮設救護所などが設けられました。昭和45年(1970年)に大規模な木材港と木材工業団地の整備が進められて人口が増加し、昭和63年(1988年)に廿日市市が誕生しました。

広島県廿日市市の厳島

厳島

厳島は安芸の宮島として日本三景のひとつに数えられるほか、平成8年(1996年)に嚴島神社と前面の海、背後の弥山原始林を含む範囲が世界遺産に登録されました。