南魚沼市

南魚沼市は新潟県南部の魚沼盆地に位置し、太平洋側と日本海側を結ぶ交通の要所に位置します。積雪量が多い日本海側気候に分類され、日本でも有数の豪雪地帯として知られます。日本一の評価を受ける南魚沼産コシヒカリの産地で、日本有数のスキー観光地として知られています。
概要
- 面積
- 584.55km2
- 人口
- 52,855人(2023年9月1日)
- 市の木
- コブシ
- 市の花
- カタクリ
- 地図
歴史
南北に縦断する魚野川沿いは、古くから三国街道が関東と越後を結ぶ重要な交通路として利用され、市の中心となる六日町は、三国街道と清水街道とが合流する要衝として経済・文化を発展させてきました。
旧石器時代、縄文時代、弥生時代
旧石器時代から人の営みがあり、ナイフ形石器などの遺物が見つかります。縄文時代中期前半に五丁歩遺跡が形成し、縄文時代中期中頃から後期にかけて原遺跡や上ノ台遺跡、梨ノ木平遺跡などが形成しました。弥生時代には一水口遺跡や小栗山遺跡などで集落が形成しました。
古墳時代、飛鳥時代
古墳時代中期になると魚野川流域の丘陵上や扇状地上に後期に飯綱山古墳群や蟻子山古墳群、余川中道遺跡や六日町藤塚遺跡などの古墳群が形成し、同時期の祭祀遺跡として坂之上遺跡が形成しています。古墳時代後期になると横穴式石室を持つ吉里古墳群や南山古墳群が形成されました。集落遺跡は少ないですが、六日町金屋遺跡と塩沢町来清東遺跡、来清西遺跡があります。

飯綱山古墳群
飯綱山の東側斜面に集中している古墳群で、5世紀中期から6世紀中期に築造されました。かつては100基を超えていましたが、現在では約30基が原型を留めています。

蟻子山古墳群
5世紀後半から6世紀前半に築造された古墳群で魚沼地方最大規模を誇ります。これまで91基の古墳が確認されましたが、明治時代にほとんどが破壊されました。
奈良時代、平安時代
越後国魚沼郡となり、魚野川左岸の扇状地や丘陵裾に集落が形成しました。五日町の丘陵裾では7世紀末の寺尾七塚窯、朴ノ木窯や9世紀前半の天池窯、天神南窯などが形成しました。平安時代後期に上田荘が成立し、養和元年(1181年)に木曽義仲が越後国に侵攻したときに、越後守の城資永と城資茂が坂戸城に入りました。
鎌倉時代、南北朝時代
上田荘は新田氏一族の支配下にあり、新田義貞の家臣田中右衛門尉が鞠子城と呼ばれる樺沢城を居城としました。南北朝時代に北朝方の越後国守護上杉憲顕が南朝方の新田氏を駆逐し、上杉氏家臣の長尾高景の一族が坂戸城を居城として上田長尾氏の祖となりました。
室町時代、安土桃山時代
永正7年(1510年)に長尾為景に討たれた弟の仇を討つべく、関東管領上杉顕定が越後に侵攻しました。上杉顕定は国人の反発を招き、長森原で戦いで長尾為景配下の高梨政盛に敗れて自刃しました。上田荘は長尾家の所領となり、越後守護長尾氏の一族である上田長尾氏が支配しました。上杉謙信が関東進出するときに樺沢城は宿城となり、栗林氏、黒金氏、宮嶋氏、登坂氏が城代を務めました。
御館の乱
天正6年(1578年)に上杉謙信が死去すると、上杉景勝と北条氏からの養子上杉景虎による家督争いが起こりました。上杉景虎の援軍として北条氏照と北条氏邦が三国峠を越えて樺沢城を奪取し、坂戸城は上杉景虎を支援する北条氏の軍勢を食い止めました。冬季になると坂戸城を守る栗林政頼らは北条氏邦や北条高広らが守る樺沢城を攻めました。御館の乱に勝利した上杉景勝は越後国主となり春日山城に入城しました。

樺沢城跡
南北朝時代に鞠子城と呼ばれ、新田義貞の家臣・田中右衛門尉の居城てした。上杉景勝の生誕の地とされ、御館の乱では北条軍侵攻の最前基地として上田口攻防の拠点となりました。

坂戸城跡
築城年代は不明ですが、永正9年(1512年)に長尾房長が本格的に改修しました。永正の乱、天文の乱、御館の乱などの戦いで織田軍や北条軍を撃退しています。
江戸時代
慶長3年(1598年)に上杉景勝が会津に国替になると、堀直竒が坂戸城に入城して石垣を築くなど改修しましたが、慶長14年(1609年)に堀直竒が信州飯山城に転封となりました。江戸と越後を結ぶ三国街道沿いに置かれた塩沢宿が宿場町として栄え、越後上布や塩沢紬などの織物の産地として発展しました。江戸時代後期には塩沢紬の仲買商である鈴木牧之が北越雪譜を執筆して、有数の豪雪地帯の雪国の暮らしを活写しました。
明治時代、大正時代、昭和時代
慶應4年(1868年)に薩長は江戸城を無血開城して会津に向けて北上しました。魚沼は会津藩の預かり地であり、新政府軍と会津軍の戦いで宿場町が焼失する被害を受けました。大正12年(1923年)に上越線が高崎から越後湯沢まで開通し、大正14年(1925年)には越後広瀬駅などに延伸しました。昭和31年(1956年)にコシヒカリが生まれ、全国に普及していきました。関越道の開通や昭和57年(1982年)の上越新幹線の開通など交通網が発達し、平成16年(2004年)に南魚沼市が誕生しました。
